【小型二輪MT教習:その9】第二段階(3/5)シミュレータ教習+半クラッチは「馴染ませる」

活動Log

本日は再びシミュレータ。

はじめてシミュレータで自分以外の人と一緒に

これまで一人で受けていたのですが、今日はじめて20代と思しき男性と一緒になりました。

この男性は普通(中型)を受講中だそうですが、急制動で転倒してしまったらしく、教官に何度もいじられていました。といっても嫌味な感じではまったくなく、フレンドリー(この教習所の教官はみんな優しい。ただ優しいだけでなく、メリハリが効いてて一度も不快な思いはしなかった)。

そして今回のシミュレーターは危険教習(急制動のような課題がメイン)だったのですが、教習に絡めた感じでこう仰ってもいました

転倒したけど、予測ができてる場所での急制動でもそういう危険性がある。路上の急制動だともっと危ないから

同時に私も「あなたはオーバーしてましたけど、それだとぶつかりますよね」と言われたわけですが……。

近くを見すぎるクセがある

すでに書いたように、今回は危険教習だったわけですが、自分の欠点として気付かされたのが「近くを見すぎる」ということ。これは実際にバイクにまたがって走っていても、シミュレータでも、まったく同じでした。

本日のシミュレータ教習の中に、いわゆる「サンキュー事故」のケースがありました。こちらは交差点の右折。対向車線のトラックが「どうぞ」と止まってくれて、そのまま進もうとするとトラックの影から直進バイクが立て続けに2台、という状況です。教官に指摘されたのは「交差点に入るよりもっと早く、遠くにバイクが見えてることは見えてますよね? 先々を考えて確認する必要があります」ということ。

一本橋で遠くを見ると良いとか、カーブでは曲がる先に目線を、という技術的なアドバイスもこれまで受けています。ただ今回感じたのは、技術的なことだけでなく、安全な走行のためにも、もっと「視線を行き先の遠くに置く」ことを徹底せねば、ということです。

でも、怖いんですよね。気づけば目の前ばかり見てしまう。

クラッチの仕組みとエンストの原因

終了後にちょっと時間が余ったとかで、今日のエンストの多さについて、クラッチの仕組みから確認されました。

教官:「クラッチって、何と何がつながってるかわかってますか?」
私 :「ええと、クラッチ板と……」
教官:「難しく考え過ぎ。エンジンとタイヤをつなぐのがクラッチ。これでいい。エンジンがまだ動き出してないうちに、動いてないタイヤと完全にクラッチを合わせると、エンジン負けて止まっちゃうでしょ? これがエンスト」
私 :「エンジンとタイヤ、なるほど」
教官:「半クラッチって、どういう状態かわかってます?」
私 :「クラッチが薄く接触した状態というか……」
教官:「はい、難しく考え過ぎ。エンジンとタイヤがくっついた”瞬間”。これでいい。瞬間だから、完全にまだつながってない。この状態でエンジンとタイヤを馴染ませるようにするのが半クラッチ」

半クラッチとは「馴染ませる」

この「馴染ませる」という表現が、なぜだがすごくしっくり来ました。

エンストしてしまうのはクラッチレバーを「パッ」と話してしまうから、というのはわかっていたのですが、この原因が焦りの他にもう一つ、極めてメンタル的な問題があることにこの一言で気づかれました。

半クラッチの瞬間にエンジンの音がちょっと変わるのですが、これがどうも「良くない状態」な気がして、さっさと終わらせなければ! という気持ちにさせられるのです。

走行上の焦りに加えて、車体から伝わるこの音にもアセらされて気が急いてしまい、クラッチを離す。結果として、半クラッチが維持できない。こんな自分の状態がちょっと分析できました。

(実際に半クラッチはクラッチの摩耗を促進させるので、長期的に見れば「良くない」のでしょうけど、私のはそんな高尚な話ではありません。なんとなく苦しそうで嫌な感じの音が伝わってきて、早くこの音をなんとかしないと! と急き立てられてるように思ってるだけです)

この「なんとなく嫌な感じ」ですが、言葉を変えて「馴染ませる」という言葉遣いだと、かなりポジティブな感じがします。いきなりガッチャンコ、とくっつけるよりは、よっぽど無理がない感じです。次回から、音が変わったら「今は馴染ませている」という意識をしっかりもっていきたいと思います。

本日の反省

卒業検定までにあと1回しか乗れないのか・・・(反省ではないな・・・)